『花子とアン』での挫折を抱えたまま、11年後に朝ドラへ戻ってきた俳優
200人から選ばれた新人は、なぜ11年かけて芝居を学び直したのか
#1『あんぱん』のクランクイン初日、中島歩に用意されていたのはプロポーズの場面だった。
#2相手は今田美桜が演じる朝田のぶ。中島の若松次郎とは、劇中でまだ数えるほどしか会っていない。
#3朝ドラは展開が速い。15分のなかで人と人が出会い、距離を縮め、次の出来事へ進んでいく。だから演じる側は、台本に書かれている以上の時間を二人の間に感じさせなければならない。
#4次郎とのぶが、なぜ結婚するのか。
#5視聴者にそう思わせないためには、ほんの短い場面のなかで二人の心が近づく瞬間をつくらなければいけなかった。
#6撮影中、中島は今田の演じるのぶが少し心を開いたように感じたという。
#7それを受け取った瞬間、自分の心も動いた。
#8「心が今田さんと通じ合った感じ」がした中島は、その日、ウッキウキで家に帰った。
#9俳優なら、そんな瞬間は珍しくないようにも思える。
#10でも中島にとっては、かなり特別なことだった。
#1111年前、同じ朝ドラの現場で、自分が思い描いていることを芝居にできないという現実を、嫌というほど味わっていたからだ。
#12中島歩が俳優として舞台に立ったのは2013年。
#13美輪明宏が主演・演出を務める『黒蜥蜴』だった。
#14モデルとして活動しながら俳優を目指していた中島は、オーディションを受ける。候補者は約200人。そのなかから、雨宮潤一役に選ばれた。
#1524歳。
#16本格的な芝居はほとんど初めてだった。
#17しかも美輪からは、自分の若いころに似ているとまで言われた。
#18これ以上ないスタートに見える。
#19ところが、稽古場に入ると一気に景色が変わった。
#20中島は、何をどうすればいいのかわからなかった。
#21美輪から細かく指導される。立ち方、動き方、声の使い方。俳優として身につけているものは何かと聞かれ、剣術や日本舞踊、パントマイムのような技術を挙げられる。
#22大学で落語をやっていたと答えると、それならもっと声色を使えるはずだ、とさらに問われた。
#23約200人から選ばれた。
#24それなのに、選ばれたあとで初めて、自分には俳優として使える引き出しがほとんどないことを突きつけられた。
#25中島は後に、『黒蜥蜴』の稽古場ではどうすればいいかわからず、周囲をがっかりさせ、できない自分に打ちのめされていたと振り返っている。
#26芝居は楽しいものではなかった。
#27訓練だった。
#28それでも仕事は次につながった。
#29しかも、もっと大きな場所へ。
#30翌2014年、中島は連続テレビ小説『花子とアン』に出演する。
#31演じたのは宮本龍一。
#32仲間由紀恵演じる蓮子と恋に落ち、駆け落ちする青年だ。
#33連続ドラマ初出演にして、かなり目立つ役だった。
#34共演者には吉田鋼太郎もいた。
#35中島は役について考えていなかったわけではない。
#36むしろ、かなり考えるタイプだった。
#37この人物は何を思っているのか。どういう感情なのか。頭のなかではいろいろ組み立てていた。
#38でも、それを表現できなかった。
#39本人の言葉を借りれば、考えているのに「全然表現できない」。
#40放送が始まると、ネット上には「棒読み」という声も出た。
#41もちろん、すべての視聴者がそう評価したわけではない。
#42ただ、中島自身も後になって、あのころは芝居ができなさすぎた、大事な役なのに下手さばかりが注目された、と認めている。
#43『花子とアン』は、その後長く残るトラウマになった。
#44でも厄介だったのは、悪口を言われたことだけじゃない。
#45自分でも、うまくできていないとわかっていたことだった。
#46それでも、キャリアの外側だけを見れば順調だった。
#472013年に『黒蜥蜴』。
#482014年に『花子とアン』。
#492015年には映画『グッド・ストライプス』で初主演。
#50ファッション誌にも登場した。
#51中島自身も一度は「このままイケる」と思ったという。
#52華々しいスタートを切った俳優が、そのまま階段を上っていく。
#53そんな未来を想像しても不思議ではなかった。
#54ところが、仕事は少しずつ減っていった。
#55中島は後年、その理由をずいぶんあっさり説明している。
#56芝居が下手だったから。
#57ネットの評価のせいですべてを失った、という話にはしていない。
#58むしろ、自分の実力が足りなかったことをかなり冷静に振り返っている。
#59そこが、この挫折を長引かせた理由でもあった。
#60他人が間違っていると思えれば、反発できる。
#61でも、自分でも心当たりがある。
#62だから逃げ場がなかった。
#63仕事が少ない時期、中島を苦しめたのは暇そのものではなかった。
#64同世代の俳優たちが、その時間にも前へ進んでいるという感覚だった。
#65誰かは今日も撮影に呼ばれている。
#66そこで監督に何か言われ、失敗して、またやって、経験を増やしている。
#67自分は呼ばれていない。
#68それが続く。
#69一時期は生活もかなり荒れた。
#70朝10時から酒を飲むような日もあった。
#71昼から夜まで飲んでしまうこともあったという。
#72だからといって、約10年間ずっと酒だけを飲んでいたわけではない。
#73むしろ、この時期の中島は矛盾していた。
#74自暴自棄になる。
#75でも映画は観る。
#76芝居も観る。
#77観れば観るほど、映画や演劇の世界を好きになっていく。
#7830歳前後には、俳優を続けるか本気で迷った。
#79十分に稼げているわけでもない。いつまでこんな不安定な生活を続けるのか。
#80バンドをやっていたこともあって、レコード屋で働くことまで考えた。
#81それでも、俳優をやめきれなかった。
#82芝居が好きだったからだ。
#83となると、残された問題はひとつだった。
#84続けるなら、待っているだけではダメだった。
#85中島は次第に、自分が面白いと思う人のところへ足を運ぶようになる。
#86小劇場へ行く。
#87ワークショップに参加する。
#88興味のある映画監督がトークイベントに出るなら観に行く。
#89映画の舞台挨拶に出向いて、自分から声をかけることもあった。
#90俳優として売り込むためでもある。
#91でも、それだけではなかった。
#92誰と芝居をしたいのか。
#93どんな現場で芝居を学びたいのか。
#94自分から探し始めた。
#95大げさな決意の日があったわけではない。
#96昨日まで酒を飲んでいた人間が、翌朝突然ストイックな修行僧になったわけでもない。
#97荒れていた時間と、学んでいた時間は重なっている。
#98落ち込みながらワークショップへ行き、辞めようかと思いながら映画を観る。
#99そうやって少しずつ、自分の芝居をつくる材料を集めていった。
#100最初の美輪明宏からは、型を叩き込まれた。
#101どう立つか。
#102どう動くか。
#103どう言葉を扱うか。
#104そして最後には、「最後は心で芝居しろ」と言われた。
#105ただ、心で芝居をしろと言われて、それがすぐできるほど簡単ではない。
#106その後、中島は別の現場でまったく違う経験をする。
#107演出家デヴィッド・ルヴォーからは、まず自分のやりたいようにやってみることを求められた。
#108当時の中島は、演出家が求めている正解を再現しようとしがちだった。
#109だから、自分から何かを出していいと言われること自体が新鮮だった。
#110近藤芳正と共演したときには、別の衝撃があった。
#111近藤が台詞を言うと、本当に自分に話しかけられている感じがした。
#112同じ文字を読むのでも、ただ上手に言うのとは違う。
#113台詞は、相手に届かなければ意味がない。
#114そういうことを、中島は別々の人から少しずつ覚えていった。
#115そして、自分のやり方に初めて手応えを持たせてくれた人物の一人が、冨永昌敬だった。
#116冨永とは映画『素敵なダイナマイトスキャンダル』で仕事をしたあと、2019年のドラマ『ひとりキャンプで食って寝る』でも組んだ。
#117その現場で言われた言葉を、中島は後々まで覚えている。
#118「中島っぽい芝居を作ってくれ」
#119それまでの中島は、監督の指示通りにやることを強く意識していた。
#120ところが冨永は、中島自身の性質を使うことを求めた。
#121それなら、自分で出していい。
#122中島は思い切って芝居をした。
#123そして、それが受け入れられた。
#124「これでいいんだ」
#125そんな感覚を持てた仕事だった。
#126その作品を見た横浜聡子が、後に『いとみち』へ声をかける。
#127長いあいだ成果が見えなかった人とのつながりや試行錯誤が、少しずつ次の仕事へ変わり始めていた。
#128その延長線上にいたのが、濱口竜介だった。
#129濱口は『偶然と想像』で中島を初めて知ったわけではない。
#130以前、ワークショップで会っていた。
#131中島にとってワークショップは、芝居を習う場所だけではなくなっていた。
#132監督と知り合う場所でもあった。
#133俳優同士が試す場所でもあった。
#134場合によっては、そこから作品が始まる場所だった。
#135濱口が俳優を見るときも、単純な「うまい・下手」だけではなかった。
#136役に合うか。
#137話したときにコミュニケーションが取れるか。
#138一緒に作品をつくれそうか。
#139そういう部分も見ていた。
#1402021年、『偶然と想像』はベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞する。
#141この作品を境に、中島歩という名前は日本の映画関係者のあいだで一気に広がっていった。
#142オファーも増えた。
#143ただし、ここを「濱口竜介に出会って突然うまくなった」と考えると違う。
#144その前に何年もあった。
#145小劇場へ行った。
#146ワークショップへ行った。
#147いろいろな演出家から言われたことを試した。
#148できないことを知り続けた。
#149『偶然と想像』は、その蓄積が業界の外からも見える形になった転機だった。
#150中島は後に高崎映画祭で、ワークショップについて話しながら涙を浮かべている。
#151濱口ともワークショップで出会った。
#152青山真治とも、ワークショップをきっかけに縁が生まれた。
#153だからこそ中島は、ワークショップは映画をつくりたい人や役者として成長したい人に「希望を与えるところ」であってほしいと話した。
#154自分自身が、そこで次の道を見つけてきたからだ。
#155『偶然と想像』のあと、中島の仕事は増えていく。
#156ただ、ここでも一夜にして国民的俳優になったわけではない。
#157まず映画の世界で、監督たちが中島を使い始めた。
#158テレビで広く注目されるきっかけになったのは、2024年の『不適切にもほどがある!』だった。
#159中島が演じたのは安森先生。
#160物語の中心に最初から立っていたわけではない。
#161それでも、独特の間や妙なおかしさが次第に目立ち、視聴者の印象に残った。
#162現在、中島が「35歳でブレイクした遅咲き俳優」と紹介されるとき、この作品が転機として挙げられることが多い。
#163映画の現場ではすでに知られ始めていた。
#164それをテレビの視聴者が後から見つけた。
#165そして翌年、中島のところへ、過去を避けては通れない仕事が来る。
#166朝ドラだった。
#167『あんぱん』で演じた若松次郎は、ヒロイン・朝田のぶの夫となる人物だ。
#168『花子とアン』以来、11年ぶりの朝ドラ出演。
#169オファーはうれしかった。
#170祖母も喜んだ。
#171けれど、気楽に戻れる場所ではなかった。
#172中島は次郎を準備するなかで、『花子とアン』での経験が自分のなかにかなりトラウマとして残っていることを改めて感じたという。
#173しかも現場には、過去とつながる人がいた。
#174吉田鋼太郎。
#175『花子とアン』でも共演した相手だ。
#176当時の中島から見れば、芝居の経験値がまるで違う存在だった。
#17711年ぶりに再会して、うれしい。
#178でも、少し怖い。
#179今度は俳優として認めてもらいたい、という気持ちもあった。
#180そして演出の柳川強。
#181柳川は『花子とアン』でも中島を見ていた。
#18211年前の自分を知っている演出家が、今回もいる。
#183つまり中島は、単にNHKに戻ったのではない。
#184昔の自分を実際に知っている人たちの前へ戻ってきた。
#185次郎を演じるにあたって、中島には最初から引っかかっていたことがあった。
#186次郎は、あまりにもいい人に見える。
#187のぶを理解し、優しく受け止め、いいことを言う。
#188そのまま演じると、都合のいい人物に見えてしまわないか。
#189中島はその懸念を柳川に伝えた。
#190柳川も同じような問題意識を持っていた。
#191このやり取りは地味だけれど、11年前との違いがよく出ている。
#192『花子とアン』のころは、何をどう表現すればいいかわからず、求められたものに追いつくので精いっぱいだった。
#193今回は違う。
#194役を読んで、自分で違和感を見つけて、演出家に話し、どう見せるかを一緒に考える。
#195俳優として現場に参加する仕方そのものが変わっていた。
#196そのうえで迎えたのが、クランクイン初日のプロポーズだった。
#197中島は若いころ、頭ではたくさん考えているのに、それを表現できなかった。
#198なら、11年後に何が変わったのか。
#199『あんぱん』初日の話は、それを説明するのにちょうどいい。
#200中島は、自分の感情をどう見せるかだけを考えていたわけではなかった。
#201目の前にいる今田美桜を見ていた。
#202今田の演じるのぶに変化を感じる。
#203それを受けて、自分にも変化が起こる。
#204中島はそこに、二人の心が通じた感覚を持った。
#205昔は、自分の頭のなかにあるものを外へ出せなかった。
#206今は、相手から来たものを受け取って、自分のなかで起きたことを芝居にできる。
#207本人が語る成長の実感は、派手な技術の話ではなかった。
#208相手とのあいだで何かが起きた、という話だった。
#209『あんぱん』が放送されると、次郎には好意的な反応が集まった。
#210SNSでは「次郎」がトレンドに入った。
#211中島は、その規模に驚いた。
#212これまで新宿武蔵野館のような小さな劇場でかかる映画に多く出てきた自分からすると、朝ドラを見ている人の多さには畏怖すら感じたという。
#21311年前とは、反応がまるで違う。
#214でも、それで昔の傷がきれいに消えたわけではなかった。
#215中島は今でも、ネットの反応を見るのが怖いという。
#216『花子とアン』の経験を克服したのかと聞かれても、完全にそうだとは言わない。
#217おそらく残り続ける。
#218だから『あんぱん』は、失敗した場所へ戻って復讐を果たした物語ではない。
#219トラウマを消してから戻ってきたのでもない。
#220むしろ、そのトラウマが残っていたからこそ、今回はものすごく準備した。
#221そして今、中島はこんなふうに考えている。
#222もし『花子とアン』のとき、簡単に受け入れられていたら。
#223あのまま順調に評価されていたら。
#224たぶん、ここまで芝居を勉強しなかった。
#225それは、失敗してよかったという話ではない。
#226朝から酒を飲んだ時間まで肯定する必要もない。
#227仕事がなくて苦しんだことを、美しい修行物語に変える必要もない。
#228ただ、中島はその失敗から逃げ切れなかった。
#229だから何度も戻った。
#230小さな劇場へ。
#231ワークショップへ。
#232監督のいる場所へ。
#233自分の芝居が通用するか試せる現場へ。
#234そこで少しずつ、自分にないものを知った。
#235人から言われたことをやるだけではない方法を覚えた。
#236自分らしくやってもいいと知った。
#237台詞は相手に向けるものだと感じた。
#238そして11年後、朝ドラの撮影初日。
#239目の前の俳優の心が動いたように感じて、自分の心も動いた。
#240中島歩にとって、たぶんそこが一番大きな違いだった。
#241世間の評価が変わったことより先に、自分が想像した芝居を、実際の現場で起こせるようになっていた。
#242いま、中島は芝居が面白いと言う。
#243昔の傷は、まだ残っている。
#244でも、その傷を抱えたまま歩いた11年分のものも、ちゃんと残っている。