22年前のアルバム曲を新しい世代に発見され、14年ぶりにステージへ戻ってきた日本のデュオ
歌のほうが先に帰ってきた
#12025年の春、昔のマネージャーたちも入っているグループLINEに、ひとつのリンクが送られてきた。
#2HALCALIの「おつかれSUMMER」が、海外で妙なことになっているらしい。
#3YUCALIの反応は、
#4「へー」
#5というくらいのものだった。
#6HALCAとYUCALIは普段から連絡を取り合っていたから、二人でも「なんかすごいよね〜」と話した。ただ、どこか他人事だった。
#7それも無理はない。
#8「おつかれSUMMER」は、二人にとって華々しい代表曲として送り出した曲ではなかったからだ。
#92003年のファーストアルバムに入っていた一曲。シングルでもなければ、タイアップ曲でもない。活動していた当時に、この曲のミュージックビデオが作られたわけでもなかった。
#10ところが、その曲のSpotify再生数が動き始めていた。
#11それまで1日2000〜3000回ほどだったものが、数週間で15万回近くまで増えた。
#12そして数カ月後には、30万回を超える日まで現れる。
#1322年前の自分たちの声が、本人たちの知らないところで走り出していた。
#14HALCAとYUCALIは、HALCALIになるために出会ったわけではない。
#15東京・目黒で育ち、小学生のころから同じダンススクールに通っていた友達だった。
#16最初から歌手やラッパーを目指していたわけでもない。二人にとって身近だったのは、まずダンスだった。
#17転機は2002年。
#18女性ラッパーを探すオーディションに参加したことで、RIP SLYMEのRYO-ZとDJ FUMIYAによるプロデュースチーム、O.T.Fと出会う。
#19そして同じ年の7月、まだ正式デビューもしていない二人に、とんでもない初舞台がやってきた。
#20RIP SLYMEが日本武道館で行ったフリーライブ。
#21HALCAとYUCALIは客席にいた。
#22そこからステージへ呼び込まれた。
#23目の前には約1万人。
#24二人はそこで、のちのデビュー曲になる「タンデム」を披露した。
#25まだ何者でもなかった二人の中学生が、客席からいきなり武道館のステージへ上がったのだ。
#26翌2003年1月、HALCAとYUCALIの名前を合わせたHALCALIが正式にデビューした。
#272003年9月、ファーストアルバム『ハルカリベーコン』が発売された。
#28「おつかれSUMMER」は、その中に収録されていた。
#29ここで少しややこしいのが、プロデュースの話だ。
#30HALCALIというプロジェクトやアルバム全体にはO.T.Fが深く関わっていた。一方、「おつかれSUMMER」そのものをプロデュースしたのは、Fantastic Plastic Machine、FPMとして知られる田中知之だった。
#31田中はトラックを作り、歌詞を書き、ラップのフロウを組み立て、自分でガイドラップまで録音した。
#32YUCALIは22年以上たっても、そのガイドを覚えていた。
#33田中の声がとにかく低かったからだ。
#34大人の男性の低い声で入れられたラップを、中学生のHALCAとYUCALIが歌う。
#35完成版だけを知っていると想像しにくいけれど、レコーディングの裏にはそんな光景があった。
#36HALCAが覚えているスタジオの空気は、もっとのんびりしている。
#37学校が終わったら、代官山のスタジオへ行く。
#38お菓子を食べる。しゃべる。歌う。
#39当時のインタビューには、ロールケーキやコロッケを持ってレコーディングへ行ったという話まで残っている。
#40HALCAは後年、あのころは「仕事をしている」という感覚すらあまりなかったと振り返っている。
#41歌ったり踊ったりするのが楽しい。
#42スタジオへ行くのも、遊びに行くような感覚だった。
#43「おつかれSUMMER」は、そんな時間の中で録られた。
#44もちろん、当時から何の特徴もない曲だったわけではない。ラテンの匂いを持った独特の一曲として紹介されてもいた。
#45ただ、2003年にHALCALIを代表する曲として優先的に選ばれたわけではなかった。
#46すでに「タンデム」「エレクトリック先生」「ギリギリ・サーフライダー」といった曲が前に出ていた。
#47「おつかれSUMMER」は、アルバムの中に残った。
#48HALCALIの活動は、その後も長く続いた。
#49『NARUTO -ナルト- 疾風伝』のエンディングに使われた「Long Kiss Good Bye」があり、TOKYO No.1 SOUL SETと組んだ「今夜はブギー・バック」も大きく広がった。
#502012年になっても二人はフェスに出演していた。
#5112月28日にはCOUNTDOWN JAPAN 12/13のステージに立った。
#52結果から見れば、これがHALCALIとしてオリジナル曲を披露するフェス出演として、約14年間の空白に入る直前のステージになった。
#53でも、その日にはそんな空気はなかった。
#54翌日、HALCAが書いた文章にも「これで最後」という別れの言葉はない。
#55ライブへの感謝を書き、普通に新しい年を迎えようとしていた。
#56HALCALIは、劇的に解散したわけではなかった。
#57HALCAとYUCALIが仲違いして離れたわけでもない。
#58二人の連絡は、その後も続いていた。
#59ただ、HALCALIとしての次のステージが来なくなった。
#60気がつけば、それが何年にもなっていた。
#61その間にも、HALCAとYUCALIの時間は進んだ。
#62YUCALIは栄養士の資格を取り、ケータリングの仕事にも関わり、結婚し、子どもを育てるようになった。
#63二人には、HALCALIではない大人として過ごした長い時間ができた。
#64でも、音源の中では違う。
#65「おつかれSUMMER」を再生すれば、いつでも同じ二人が出てくる。
#66学校帰りにスタジオへ行っていたHALCAとYUCALI。
#67お菓子を食べながらしゃべっていた二人。
#68田中知之の低い声のガイドラップを聴いていた二人。
#69まだ中学生だった声。
#70現実の二人がどれだけ年齢を重ねても、その声だけは22年間、一歳も年を取らなかった。
#71そして2025年、その声を初めて聴く若者たちが現れた。
#72昔の曲がTikTokで突然流行ったと聞くと、始まりになった一本の動画を探したくなる。
#73誰か有名な人が使った。
#74その動画が何百万回も再生された。
#75みんなが真似をした。
#76そんな説明なら分かりやすい。
#77でも、「おつかれSUMMER」の広がり方は、どうもそうではなかった。
#782024年ごろには、すでに海外の小さなUGCが見られていた。
#79イラストやアニメーション、キャラクターを使った投稿。Robloxのキャラクターと結びついたミームのような動きもあった。
#80渋谷系など日本の音楽を掘っていた海外のビートメイカーや、イラスト系のコミュニティにも曲が入り込んでいた。
#81そして2025年の春になると、アメリカやアジアなど、離れた地域で数字がほぼ同じ時期に動き始めた。
#82どの国が絶対的な出発点だったのか。
#83誰の投稿がすべてを始めたのか。
#84そこは特定できない。
#85少なくとも、レコード会社が仕掛けたキャンペーンから始まった現象ではなかった。
#86むしろ順番は逆だった。
#87若いデジタル担当者がデータを見ていて、異変に気づいた。
#8822年前のアルバム曲が、海外で勝手に伸び始めていた。
#89数字は急激に変わった。
#90それまでSpotifyでは1日2000〜3000回ほど。
#914月25日に1万回を超えた。
#924月28日には4万回。
#934月末には8万回を大きく超え、
#945月9日には約14万8000回まで伸びた。
#95わずか数週間だった。
#96最初の波でTikTokによく使われたのは、曲の終盤にある30秒ほどの部分だった。
#972003年には、シングルに選ばれるかどうかは大きな意味を持っていた。
#98どの曲にミュージックビデオを作るのか。
#99どの曲をテレビやラジオへ持っていくのか。
#100どれを「入口」にするのか。
#101そこにはレコード会社や制作側の選択があった。
#102でも2025年のTikTokでは、その序列はほとんど意味を持たない。
#10322年前のアルバムの何曲目だったかなんて知らなくてもいい。
#104たった20秒、30秒、自分の動画に合う場所があればいい。
#105誰かがその部分を切り取り、キャラクターの動画につける。
#106別の誰かがイラストにつける。
#107また別の国で、違う文脈の動画が作られる。
#1082003年にはシングルに選ばれなかった曲を、2025年のユーザーたちが自分たちで選び直していた。
#109ただ、TikTokで使われただけなら、ここまで長くは続かなかったかもしれない。
#110「おつかれSUMMER」には、もうひとつ特徴的な数字があった。
#111Spotifyで聴いている人の半数以上が25歳未満だった。
#112さらに70%以上が、自分のライブラリやプレイリストに曲を保存していた。
#113つまり、短い動画で一度聞いて終わりではなかった。
#114フルで聴きに行き、保存し、また再生していた。
#115彼らにとってHALCALIは「懐かしい存在」ですらない。
#1162003年には生まれていなかった人もいる。
#117活動していたHALCALIを知らない。
#118だから「おつかれSUMMER」は、懐メロとしてではなく、今初めて出会った曲として聴かれていた。
#1192025年5月23日にはSpotifyの「Gacha Pop」にも入った。
#120TikTokの短い動画で曲を知る。
#121Spotifyで全部聴く。
#122保存する。
#123また聴く。
#124そして、HALCALIの別の曲を探す。
#125その流れができ始めた。
#126最初の波だけでも十分異常だった。
#127ところが7月末、「おつかれSUMMER」はもう一度跳ねた。
#128今度はSpotifyの1日再生数が30万回を超えた。
#129最初のピークのおよそ2倍だった。
#130最初の波では約9カ国だったバイラルチャートへの登場も、2回目にはグローバルを含む37カ国へ広がった。
#131そして今度は、また別の場所が使われ始めた。
#132「かまって かまって」の部分だった。
#133日本では若いTikTokクリエイターが使い、海外では同じ時期に『タコピーの原罪』のしずかやまりなの映像と組み合わせた投稿も増えていった。
#134ただし、それだけが2回目の爆発を起こしたと決めつけることはできない。
#135複数の流れが同じ時期に重なっていた。
#136一度のバズが長く尾を引いていたというより、
#137同じ古い曲が、別の場所で何度も新しい遊び方を見つけられていた。
#138そのころになって、HALCAのSNSにも「おつかれSUMMER」を使った投稿が自然に流れてくるようになった。
#139そこでようやく、遠い国で起きている数字の話ではなくなってきた。
#140HALCAとYUCALIは、昔のHALCALIの映像も見返すようになった。
#141最初は恥ずかしかった。
#142中学生だった自分の顔。
#143幼い声。
#144今の自分から見ると、直視するのが照れくさい。
#145でも、二人で見ているうちに少し変わった。
#146「かわいいね」
#147そう言えるようになった。
#148海外の若者たちは、2003年のHALCALIを初めて発見していた。
#149同じころ、現在のHALCAとYUCALIも、画面の中に残っていた中学生の自分たちを見つけ直していた。
#1502025年6月、HALCAとYUCALIはJ-WAVEに二人で出演した。
#151二人そろってメディアに出るのは約13年ぶりだった。
#152ここまで来ると、あとから振り返れば「復活の瞬間」に見える。
#153でも、本人たちはそう話していない。
#154YUCALIは、
#155「13年ぶりにふわっとふたりでメディアに出ちゃった(笑)」
#156と表現した。
#157そして、これから何をやっていくのかは、まだ分からないとも話していた。
#158すでに曲は世界で広がっている。
#159昔の映像も見られている。
#160二人も久しぶりに一緒にメディアへ出た。
#161それでも、その時点では「HALCALIをこうやって再始動させる」という決まった未来はなかった。
#162バズが起きたから、その場で復活を決めたわけではない。
#163確認できる話の中には、二人のどちらかが電話をして「またHALCALIをやろう」と宣言したような劇的な一場面もない。
#164先に戻ってきたのは、あくまで曲だった。
#165その一方で、「おつかれSUMMER」の後ろにあったHALCALIのカタログは、少しずつ開き始めた。
#166過去の映像やコンテンツが再び表に出る。
#167そして2025年9月、「おつかれSUMMER」の公式ミュージックビデオが公開された。
#168発売から22年後だった。
#169普通なら順番は逆だ。
#170曲を出す。
#171ミュージックビデオを作る。
#172宣伝する。
#173そして、誰かが見つけてくれるのを待つ。
#174「おつかれSUMMER」は、先に世界中の人が見つけた。
#175それから公式ミュージックビデオが追いついてきた。
#1762026年になると、これまで配信されていなかったHALCALIの過去のシングル6作品もストリーミングで聴けるようになった。
#177『ハルカリベーコン』もCDで再発され、アナログ盤になった。
#178「おつかれSUMMER」のEPも出た。
#179一曲だけを知っていた人が、HALCALIにはほかに何があるのかを探し始めた。
#180一曲が、閉じかけていたカタログの扉を開けた。
#181その先に、現在のHALCAとYUCALIがいた。
#1822026年5月。
#183THE FIRST TAKEの白い空間に、HALCAとYUCALIが並んだ。
#184二人がHALCALIとしてそろって歌うのは14年ぶり。
#185そして「おつかれSUMMER」をメディアでパフォーマンスするのは、これが初めてだった。
#186このころには、TikTok関連動画の累計再生規模は70億回を超え、楽曲の総ストリーミングも1億5000万回を超えていた。
#187でも数字より奇妙なのは、見ている人との時間差だった。
#188HALCALIが活動していたころ、まだ生まれていなかった人がいる。
#189HALCALIを知らず、「おつかれSUMMER」だけを先に知った人がいる。
#190その人たちが最初に出会ったHALCAとYUCALIは、2003年の音源に閉じ込められた中学生の声だった。
#191そして2026年になって初めて、その声の持ち主が今どんな姿で、どんな声で歌うのかを見る。
#192HALCAとYUCALIも、「おつかれSUMMER」をきっかけにHALCALIを知らずに曲と出会った人たちへ、HALCALIが歌う「おつかれSUMMER」を届けられることを喜んでいた。
#193歌が戻ってきてから一年以上たって、
#194ようやく歌っていた二人が追いついた。
#1952026年8月16日。
#196HALCALIはSUMMER SONICのSpotify Stageに立った。
#197オリジナル曲を披露するフェス出演としては、2012年以来、約14年ぶりだった。
#198客席には、昔からHALCALIを知るファンがいた。
#199その一方で、TikTokで初めて「おつかれSUMMER」を聴いた若い観客もいた。
#200これだけのきっかけを作った曲なのだから、一曲目は当然「おつかれSUMMER」だと思っても不思議ではない。
#201でも、最初に流れたのは「タンデム」だった。
#2022002年、まだデビュー前だった二人が、日本武道館の客席から呼び出されて約1万人の前で披露した曲。
#203そこから「ハルカリズム “CANDY HEARTS”」「エレクトリック先生」「マーチングマーチ」「ストロベリーチップス」と、HALCALIの時間をさかのぼるように曲が続いた。
#204「おつかれSUMMER」が鳴ったのは、そのあとだった。
#205ステージの前には大勢の人が集まり、この公演はその年のSUMMER SONICのSpotify Stageで最高動員を記録したと報じられた。
#2062002年には、大人たちが客席にいた二人の中学生をステージへ呼んだ。
#2072026年には、その中学生たちが残した声をインターネットで見つけた新しい世代が、客席に立っていた。
#208SUMMER SONICのころ、「おつかれSUMMER」を使ったTikTok動画の累計再生規模は約99億回に達していた。
#209そして2026年8月には、100億回を超えた。
#210ただし、これは「おつかれSUMMER」という音源が100億回ストリーミングされた、という意味ではない。
#2112026年に「おつかれSUMMER」を使って投稿されたTikTok動画が見られた回数を合計した数字だ。
#212その夏、「おつかれSUMMER」はTikTokの「Songs of the Summer 2026」で日本1位にもなった。
#213世界1位ではない。
#214日本での1位だった。
#21523年前、シングルには選ばれなかったアルバムの一曲。
#216その曲が、今度は若い人たちのダンスやイラストやアニメーションや冗談やキャラクターの中に入り込み、その夏を代表する曲になっていた。
#217そして、その先にもうひとつ続きがあった。
#2182026年9月2日、HALCALIは新曲「Guin Guin Guin」を発表した。
#219「おつかれSUMMER」を作った田中知之との曲ではない。
#220今回一緒に作ったのは、HALCALIの始まりにいたRYO-ZとDJ FUMIYA、つまりO.T.Fだった。
#221HALCALIとO.T.Fが一緒に新しい曲を作るのは14年ぶりだった。
#222そして、この新曲が作られた場所も面白い。
#223テレビ東京の赤ちゃん・幼児向け番組『シナぷしゅ』。
#2249月の「つきうた」として、子どもも大人も一緒に体を動かせる曲だった。
#2252003年、HALCAとYUCALIは中学生だった。
#226学校が終わってからスタジオへ行き、お菓子を食べ、しゃべりながら、大人のプロデューサーたちが作る音楽の中で歌っていた。
#22723年が過ぎた。
#228HALCAとYUCALIも親になった。
#229あのころ一緒に音楽を作っていた人たちも親になった。
#230そして再び集まった彼らが作った新しい曲の向こうには、
#231今度は新しい子どもたちがいた。
#2322002年、の客席にいた二人の中学生を突然ステージへ上げたとは、そもそも何者だったのか。すでにで成功していたとは、なぜまだデビューもしていないHALCAとYUCALIを新しいプロジェクトの主役に選んだのだろう?