世界中のAIモデルやデータセットが集まり、共有されるオープンソースプラットフォーム
10億件を超えるメッセージが飛び交ったAIを手放した会社は、なぜ129億ドルの「AIのGitHub」になったのか?
#12026年8月、奇妙な買収報道が出た。 NvidiaがHugging Faceを約129億ドルで買収することで合意した、という内容だった。
#2両社が取引完了を正式に発表したわけではない。 それでも、報じられた金額だけで十分に目を引いた。
#33年前、Hugging Faceの評価額は45億ドルだった。 しかも、この会社に出資していた企業の顔ぶれがおかしい。
#4Google。 Amazon。 Nvidia。 AMD。 Intel。 Qualcomm。 IBM。 Salesforce。
#5半導体でも、クラウドでも、AIでも競い合う企業が、同じスタートアップに資金を入れていた。
#6さらにHugging Faceは、その少し前にNvidiaから持ちかけられた5億ドル規模の追加出資まで断ったと報じられている。
#7一社の影響力が大きくなりすぎることを避け、独立性を保とうとしたからだった。 それほど距離を取ろうとしていた相手から、今度は会社ごと129億ドルで買われるという報道が出た。
#8Hugging Faceには、いったい何があるのか。 その答えをたどると、AI研究所ではなく、フランス北部の小さな園芸機械店に行き着く。
#9クレマン・ドランジュは、人口およそ6000人の町ラ・バセで育った。 17歳のころには、すでにインターネットで商売をしていた。
#10中国からATVやバイクを輸入し、eBayで売っていたのだ。 困ったのは、仕入れた車両を置く場所だった。
#11そこで使ったのが、父親の園芸機械店だった。 この経験は、やがてeBayでのインターンにもつながった。
#12順調に見える。 ところが、あるイベントで小さなフランス企業の共同創業者に出会い、進路が変わる。
#13会社の名前はMoodstocks。 カメラに映ったものをAIで認識する技術を作っていた。
#14ドランジュが驚いたのは、AIそのものだけではなかった。 こんな小さなチームでも、Googleのような巨大企業が取り組む領域で勝負できるのか。
#15その事実に惹かれた。 eBayでさらに働ける機会を断り、Moodstocksで過ごす道を選んだ。
#16後にMoodstocksはGoogleに買収される。 だが、ドランジュはGoogleへは行かなかった。
#17自分で会社を作った。 そして、一度失敗した。
#18その会社がUniSharedだった。 学生たちが講義ノートを一緒に作り、ほかの人にも公開できるサービスだ。
#19HarvardやStanfordの学生でなくても、世界のどこにいても良い授業の知識に触れられるようにしたい。
#20発想の中心には、二つのことがあった。 一緒に作る。 作ったものを共有する。
#21後のHugging Faceを知っていると、不思議なほど似ている。 ただし、UniSharedはうまくいかなかった。
#22ドランジュは後に、そこで気づいた問題について話している。 誰かと協力したい人が、必ずしもすべてを公開したい人とは限らない。
#23自分が正しいと思う価値観を最初から強く押し出しすぎれば、多くの人に使ってもらうのも難しくなる。
#24会社は成功しなかった。 しかし、考え方まで消えたわけではなかった。 数年後。 Hugging Faceがオープンソースへ向かっていくとき、ドランジュはUniSharedで追いかけていたものと同じ価値をそこに見いだした。
#25今度、共有されるのは講義ノートではない。 AIだった。
#26ドランジュはフランスのスタートアップ界でジュリアン・ショーモンと知り合った。
#27そしてショーモンには、学生時代からの友人がいた。 トーマス・ウルフだ。 ショーモンとウルフは工学系の学校で知り合い、一時期は一緒にバンドまでやっていた。
#28演奏していたのはAlanis Morissetteの曲だった。 その後のウルフの経歴だけを見ると、AIスタートアップの創業者になるとはなかなか想像できない。
#29物理学で博士号を取った。 その後、法律を学んだ。 さらに約5年間、特許分野で働いた。
#30科学から離れたように見えた。 ところが2015年ごろ、ディープラーニングに出会う。
#31そこで見た数学に覚えがあった。 統計物理学と似ていた。 ウルフは自分で機械学習を学び始め、再びコードと科学の世界へ戻っていった。
#32ドランジュとショーモンがオンラインのStanford講義をきっかけに作った勉強会にも参加した。
#33やがて3人は、一緒に会社を作ることになる。 ただし、作ろうとしていたのはAI開発者向けのプラットフォームではない。
#3410代のためのAIの友達だった。
#352016年夏。 ドランジュとショーモンはニューヨークへ向かった。 Betaworksが約20万ドルを投資し、チャットボットを作る若い企業を支援するプログラムに二人を招いたのだ。
#36フランスでは資金を集めにくいアイデアだった。 どうやって儲けるのかも、はっきりしていない。
#37作ろうとしていたのは、Siriのように仕事を代わりにこなすアシスタントでもなかった。
#38ただ話す。 遊ぶ。 少しずつ関係を作っていく。 そんな仮想のAIフレンドだった。 ニューヨークへ行く直前、会社名も必要になった。 そこで選んだのが、🤗だった。 Hugging Faceという絵文字の名前だ。
#39二人はニューヨークのBetaworksで、3週間ほとんど昼夜を問わず働いた。 以前から知り合いではあった。
#40それでも、実際に同じ場所で一日を超えて働き続けたのは、ほぼ初めてだった。 ショーモンは後に、この時期を二人の「bromance」の始まりとして振り返っている。
#41こうしてHugging Faceは始まった。 そして、その後だけを短く説明すると、ありがちなスタートアップの話に見える。
#42チャットボットを作った。 うまくいかなかった。 開発者向けに方向転換した。 成功した。
#43しかし、一つ大きな問題がある。 最初のチャットボットは、誰にも使われていなかったわけではない。
#44Hugging Faceは、ほぼ3年間そのAIフレンドを作り続けた。 創業者たちの後年の振り返りによれば、ユーザーがやり取りしたメッセージは10億件を超えた。
#45投資も集まった。 2017年には120万ドルを調達した。 出資者には、SalesforceでAI研究を率いていたRichard Socherだけでなく、NBA選手のケビン・デュラントまでいた。
#46つまり、誰にも使われない製品を抱えて行き詰まっていた会社ではない。 ただ、AIとの会話をもっと良くしようとすると、社内には別のものが蓄積していった。
#47言葉を扱うAI技術だ。 チームは、その一部を外部に公開し始めた。 すると、想定していなかった人たちが集まってきた。
#48AIと話したい10代ではない。 自分でAIを作りたい研究者や開発者だった。
#49そこへ、Googleが新しいAIモデルを公開する。 BERTだ。
#50BERTは、人間の言葉をコンピューターに扱わせる自然言語処理の世界で、大きな注目を集めたGoogleのモデルだった。
#51ただ、Googleが公開した実装はTensorFlowという機械学習用のソフトウェア基盤で作られていた。
#52トーマス・ウルフは別のところに目をつけた。 研究者や開発者の中には、PyTorchという別の基盤を使っている人も多い。
#53ならばBERTをPyTorchで使えるようにして公開したら、便利なのではないか。
#54それだけの提案だった。 「会社を方向転換しよう」という大きな宣言ではない。 未来の巨大プラットフォームを描いた事業計画でもない。
#55必要としている人がいそうだから、作ってみる。 チームは約1週間で実装し、誰でも利用・変更できる形で公開した。
#56反応が始まった。 ダウンロードする。 修正する。 別のモデルにも対応してほしいと頼む。
#57自分のプロジェクトへ持っていく。 自社のAIを作るために生まれた技術が、AIそのものより速い勢いで開発者の間へ広がっていった。
#58ここで創業者たちは、妙な選択を迫られる。 一方には、実際に多くの人が使い、膨大なメッセージが交わされている自分たちの製品がある。
#59もう一方には、無料でインターネットに置いた他人が使うためのコードがある。
#60Hugging Faceは後者を選んだ。
#61ここが本当の転換点だった。 もっと優れたAIフレンドを作ることではなく、 ほかの人がAIを作りやすくすること。
#62そちらを会社の中心に置いた。 ドランジュにとっては、初めて見る景色でありながら、どこか見覚えもあった。
#63UniSharedでは広がらなかった「一緒に作り、共有する」という考えが、今度はAI開発者の間で実際に動き始めていた。
#64BERTだけでは終わらない。 別のモデルを使いたいという声が来る。 対応する。 モデルが増える。
#65Transformersというライブラリが大きくなっていく。 これは、すでに学習されたさまざまなAIモデルを、開発者が一から作り直さず利用しやすくするための道具だ。
#66次に、そのモデルを保存して共有する場所が必要になった。 Hubを作った。 モデルは更新される。
#67どの版がいつ変わったのか管理する必要が出てきた。 そこでソフトウェア開発で変更履歴を管理するGitを使った。
#68企業からは、外には公開できないモデルも同じように管理したいという需要が出てきた。
#69非公開の保存場所や企業向け機能も作った。 最初からホワイトボードに、 「AIのGitHubを作る」
#70と書いて始めたわけではない。 使う人が増える。 次の問題が生まれる。 それを解く。 また次の問題が生まれる。 そうして気づけば、Hugging Faceには自社が作ったAIより、他人が作ったAIのほうがはるかに多く集まるようになっていた。
#71Hugging Faceは、さらに先へ進んだ。 2021年に始まったBigScienceには、70を超える国、250以上の機関から、1000人を超える研究者が参加した。
#72目指したのは、当時なら巨大テック企業の研究所で行われるような仕事だった。 巨大な言語モデルを作る。
#73ただし、一社の閉じた研究所ではなく、国際的な公開協力で。 その成果として2022年に公開されたのがBLOOMだった。
#741760億パラメータ規模。 パラメータとは、AIが学習の中で調整していく大量の数値だ。
#75この規模のモデルを作るには、膨大な計算資源が必要になる。 数年前までHugging Faceは、Googleが作ったBERTをほかの開発者にも使いやすくしていた。
#76それが今度は、世界各地の研究者が一緒に巨大モデルを作る場を組織している。 Hugging Faceが提供するものは、特定のAI一つではなくなっていた。
#77AIをみんなで作るための場所そのものに近づいていた。 すると2023年、奇妙な投資ラウンドが生まれる。
#78Hugging Faceは2億3500万ドルを調達した。 評価額は45億ドル。 だが、このラウンドで本当に目を引くのは金額ではない。
#79出資者だ。 Google。 Amazon。 Nvidia。 AMD。 Intel。 Qualcomm。 IBM。
#80Salesforce。 NvidiaとAMDはAI向け半導体で競う。 GoogleとAmazonはクラウドで競う。
#81それぞれがAIモデルや開発ツールでも自分たちの戦略を持っている。 それでも同じHugging Faceに資金を入れた。
#82ここで重要なのは、Hugging Faceが「最高のAIを一つ所有する会社」ではなかったことだ。
#83いろいろな会社や開発者のモデルを置ける。 異なるハードウェアともつながれる。 ドランジュは、自分たちが目指す立ち位置を国の名前で表した。
#84スイス。 中立的な場所。 一社の陣営にならないからこそ、競争相手同士が同じ場所にいられる。
#85その性質そのものが、Hugging Faceの強さになっていた。 ところが、その投資家の一社が、さらに大きな金額を持って近づいてくる。
#86Nvidiaは後に、Hugging Faceへさらに5億ドルを投資する案を提示したと報じられた。
#87その条件では、会社の評価額は約70億ドルになる。 Hugging Faceは受けなかった。
#88当時すでに黒字で、それまで調達した資金もかなり残っていた。 急いで新しい資金を入れる必要がなかった。
#89だが、Financial Timesが報じた理由には、もっとHugging Faceらしい問題があった。
#90一社の投資家が大きすぎる影響力を持つことを避けたい。 独立性を保ちたい。 競合企業が同居できることに価値があるなら、一社の存在が強くなりすぎた瞬間、その価値は揺らぐかもしれない。
#91ところが、その数カ月後。 話の規模が一気に変わる。 2026年8月。 NvidiaがHugging Faceを約129億ドルで買収することで合意したとの報道が出た。
#92追加出資ではない。 会社全体だ。 NvidiaとHugging Faceが取引完了を正式に発表したわけではない。
#93それでも、この報道が突きつけた問いは大きかった。 Nvidiaが129億ドルを払ってまで欲しいものは、いったい何なのか。
#942026年のHugging Faceには、数百万のモデルが置かれている。 大量のデータセットやAIアプリもある。
#95そのすべてが人気なわけではない。 ほとんど使われないモデルも多く、ごく一部がダウンロードの大半を占めている。
#96だが、プラットフォームなら、それでもいい。 どのAIが成功するかをHugging Face自身が先に決める必要はない。
#97誰かが公開する。 別の誰かが試す。 人気が出る。 ほかの開発者が持っていく。 その上にまた別のサービスが作られる。 AIを実際に動かす人が増えれば、必要になるものがある。
#98計算資源だ。 そして、その市場で圧倒的な存在感を持つのがNvidiaだった。 だからHugging FaceはNvidiaにとって、単に年間売上がいくらのソフトウェア会社、という存在ではないかもしれない。
#99世界中の開発者がAIを見つけ、手に入れ、動かすまでの途中にいる。 しかし、そこには矛盾も生まれる。
#100もしHugging Faceの価値の一部が、競合各社まで参加できる中立的な場所であることなら。
#101Nvidiaがその場所を所有したとき、AMDやほかの企業は以前と同じように感じるだろうか。
#102NvidiaはHugging Faceを手に入れることで、 手に入れたかった価値そのものを傷つける可能性がある。
#103その答えはまだ出ていない。 Hugging Face自身は、その間にも次の場所へ進もうとしている。
#1042026年8月27日。 Nvidiaによる買収報道とほぼ同じ時期に、Hugging Face傘下のPollen Roboticsが小さなロボットを発表した。
#105Microduck。 高さは約25センチ。 価格は399ドル。 二本足で動く、小さなアヒルのようなロボットだ。
#106ただ、Hugging Faceらしい部分は見た目ではない。 ユーザーはシミュレーション上でMicroduckに新しい動きを学習させられる。
#107シミュレーションとは、実物を毎回動かさなくてもロボットの行動を試せる仮想環境だ。
#108そこで学習した動きを実機で動かす。 さらに、その学習結果をほかの人と共有する。 モデルで繰り返してきた流れが、ロボットの行動にも広がろうとしていた。
#109誰かが作る。 公開する。 別の誰かが使う。 そして、また変える。 10年前のHugging Faceは、自分たちのAI一つを成功させようとしていた。
#110今度はAIモデルだけでなく、AIが現実世界でどう動くかまで、ほかの人が作って共有できるようにしようとしている。
#111Microduckには、最初の24時間で260万ドルを超える注文が入ったと報じられた。
#112これがどこまで大きくなるかは、まだ分からない。 Hugging Faceが10年前から、この未来を予想していたわけでもない。
#113むしろ逆だった。 大きな転換点ではいつも、自分たちが最初に考えた未来より、 自分たちが外に出したものを、ほかの人がどう使っているか
#114を見つけることが重要だった。 そして、その10年を一枚の絵のように見せる、小さな出来事がある。
#11517歳のドランジュが中国からATVやバイクを輸入していたころ。 置き場所になったのは、父親の園芸機械店だった。
#116それから何年もたった。 ある日、ドランジュは父親に生成AIを見せた。 言葉で頼むと、存在しない画像まで作ってくれるAIだ。
#117何でもいいから言ってみて。 そう促した。 父親が選んだのは、よく知っている機械だった。
#118John Deereのトラクター。 ただし、場所だけを変えた。 月の上に置いてくれ。
#119AIがその絵を作った。 かつて父親の店に本物の機械を並べ、インターネットで売っていた少年がいる。
#120その少年は今、父親の隣で、この世にはない場所に置かれた機械をAIに描かせていた。
#121その間に、彼が作った会社も別のものになった。 Hugging Faceは、世界で一番強いAIを一つ作る会社にはならなかった。
#122誰かがAIを作る。 置いていく。 別の誰かが持っていく。 そこからまた何かを作る。 そんな場所になった。 🤗という絵文字の名前を、とりあえず会社名にした小さなチャットボット企業。
#12310年後、その場所は、世界最大級のAI企業でさえ素通りできない場所になっていた。
#12417歳で中国製のATVを売っていたは、その後も大企業へ進める道より、自分で会社を作る側を何度も選んだ。なぜ彼は、すでに開いている道より不確かなほうへ進み続けたのか。
#125eBayで働いていたドランジュは、小さなAI企業と出会ったあと、さらに働ける機会を断った。その会社は後にGoogleに買収される。まだ小さかったチームの何が、彼をそこまで動かしたのか。
#126も、人々が一緒に作り、それを共有するためのプラットフォームだった。こちらは失敗し、数年後のHugging Faceでは似た価値観が世界規模のプラットフォームへ育った。何が違ったのか。
#127物理学を離れ、法律を学び、約5年間特許の仕事をしていたは、再びコードと科学の世界へ戻った。そして、ある金曜日の小さな提案がHugging Faceの転換点になる。なぜ彼は戻ってきたのか。
#128収益モデルもはっきりしないAIフレンドに、ニューヨークのは約20万ドルを投じた。会社名さえ出発直前に決まったようなHugging Faceの何に賭けたのか。
#129Hugging Faceの初期出資者には、AI研究者ではない意外な人物もいた。NBA選手のは、なぜまだ小さなAIチャットボット企業に資金を入れたのか。
#130を作ったのはHugging FaceではなくGoogleだった。それなのに、他社のAIを別の開発者にも使いやすくしたことがHugging Faceの運命を変えていく。BERTには何があったのか。
#13170を超える国から1000人以上の研究者が集まったは、巨大企業の研究所で行うような仕事を公開協力でやろうとした。どうすれば、これほど多くの人が一つのAIを一緒に作れるのか。
#132は1760億パラメータという巨大な言語モデルだった。すでに巨大テック企業が競って同じ領域を開拓していたのに、なぜ研究者たちはそれを公開の場でもう一度作ろうとしたのか。
#133はHugging Faceへの5億ドルの追加出資を提案し、断られたと報じられた。それから数カ月後、今度は会社全体を129億ドルで買収するとの報道が出た。その間に何が変わったのか。
#134Hugging Faceが買収したPollen Roboticsは、それ以前からロボットを作っていた会社だった。AIモデルを共有するプラットフォームは、なぜ既存のロボット企業を自分たちの中へ迎え入れたのか。