アリババとタオバオを生み出した中国のインターネット起業家
インターネットに中国がなかった
#12003年、ジャック・マーは世界最大級のネット市場を運営するeBayと戦うため、新しいサイトを準備していた。
#2ところが、始めてみると困ったことがあった。売るものがほとんどない。
#3生まれたばかりのタオバオには、売り手も買い手も十分に集まっていなかった。初期メンバーは自宅から私物を持ってきて出品し、仲間同士で売ったり買ったりした。やがて出せるものが足りなくなり、外から商品を探してきたという話まで残っている。
#4世界企業と戦うはずなのに、まず社員の持ち物で市場を埋めていたわけだ。
#5しかも、この戦いを始めた人物は、わずか8年前までインターネットを使ったことすらなかった。
#6マーにとって、英語は教科書の中だけにあるものではなかった。
#710代のころから、英語を練習するため杭州のホテル周辺へ通い、外国人観光客を無料で案内していた。その代わりに英語で話してもらう。そんな生活を何年も続けるうち、オーストラリアから来たモーリー一家とも親しくなった。
#8マーは後に、外国人との会話を通じて、学校や周囲から聞いていたものとは違う世界の見方に触れたと振り返っている。
#9大学を卒業すると英語教師になった。ただ、そのまま教師だけを続けるつもりではなかった。ビジネスへ目を向けるなかで、いくつもの仕事に応募して落ちた経験を後年よく語っている。有名なKFCの不採用話も、マー自身が繰り返し話してきたエピソードだ。
#10ここは順番を間違えないほうがいい。
#11就職に失敗したから教師になったのではない。教師として働いていたマーが、別の道を探し始めたのだ。
#121994年には翻訳会社を始めた。そして翌年、仕事でアメリカへ向かった。
#131995年、シアトルで初めてインターネットに触れた。コンピューターにも慣れていなかったが、とにかく検索してみた。後に本人が覚えていると話した検索語の一つが `beer` だった。
#14情報はいろいろ出てきた。
#15でも、中国の情報はほとんど出てこなかった。
#16そこで簡単な中国の情報をネットに載せてみると、海外から反応があった。
#17マーがその場でインターネットの未来をすべて見通したわけではない。もっと目の前のことに気づいた。
#18インターネットに、中国がほとんどない。
#19帰国すると、すぐにインターネット事業を始めた。
#20China Pagesだった。
#21考え方はわかりやすかった。中国企業の情報をネットに載せれば、海外の顧客に見つけてもらえるかもしれない。
#22ところが営業を始めると、その前に壁があった。
#23相手がインターネットを知らない。
#24マーたちは企業を一社ずつ訪ね、情報を集め、写真を撮り、英語にしてオンラインに載せていった。あるホテルには、まず無料でホームページをつくり、それを見た客が実際にホテルへ来たら料金をもらうという提案までしている。
#25それでも、何カ月も目立った変化は起きなかった。
#26ネット上に空白があることと、そこにすぐ商売が生まれることは別だった。サービスを売る前に、インターネットとは何なのかを説明しなければならなかったからだ。
#27もちろん、China Pagesをマー一人でつくったわけでもない。コンピューターを教えていた何一兵のような仲間がいた。マーが可能性を見つけても、自分にない技術は誰かに補ってもらう必要があった。
#28その後、Hangzhou Telecomとの合弁などを経て、マーはChina Pagesを思うように動かしにくくなっていった。
#29最初のインターネット事業は、思い描いた形では残らなかった。
#30それでも、マーはインターネットから離れなかった。
#31会社がうまくいかないことと、最初に見つけた問題が消えることは同じではなかったからだ。
#32中国には、海外の買い手と出会う方法をほとんど持たない小さな企業がまだ大勢いた。
#33マーは、またその問題に戻ってくる。
#341999年、マーは杭州の自宅アパートに人を集めた。
#35そこでアリババが始まった。
#36この場面は時々、一度の熱いスピーチで17人の友人を説得し、安定した仕事を捨てさせたという話になっている。
#37実際の関係は、そんなに一夜でできたものではない。
#38創業メンバーはマーを含めて18人。妻の張瑛もいたし、以前の事業や北京時代から一緒に働いてきた人もいた。
#39つまり、成功したマーを見て集まった人たちではなかった。
#40最初のインターネット事業が思うようにいかなかったことも知っていた。
#41それでも、また一緒にやることを選んだ。
#42アリババが解こうとした問題も、完全に新しいものではない。中国の小さな企業をオンラインに載せ、海外の買い手と結びつける。China Pagesで取り組んだ問題を、今度はもっと大きな規模でやろうとした。
#43今回は投資も集まり、会社は急速に大きくなった。
#44すると、今度は成長そのものが問題になった。
#45アリババは海外へ急いで広がった。アメリカでも人を雇い、世界企業になる勢いで動いていた。
#46まだ、どうやって安定して稼ぐかも固まっていない時期だった。
#47そこへドットコム・バブルの崩壊が来た。インターネット企業というだけで資金が集まる時代が終わり、アリババも生き残るために縮小を迫られた。
#48海外の組織を減らし、人員も削った。外へ外へと進んでいた会社が、中国へ戻ってくることになった。
#49しかも、もっと基本的な問題が残っていた。
#50利用者はいるのに、十分に稼げていない。
#51無料会員が増えるだけでは会社は続かない。そこでアリババは、中国の輸出企業が海外の買い手から見つけてもらいやすくなる有料サービスを育てていった。
#52マーが後に語った2002年の目標は、ずいぶん小さなものだった。
#531ドルでも利益を出す。
#54この時期、アリババは黒字化へたどり着き、生き残る道を見つけていく。
#55最初の会社では主導権を失った。次の会社では広がりすぎて危機に陥った。ようやく、会社として稼ぐ方法も見え始めた。
#56普通なら、ここからは守りに入りたくなる。
#57でも翌年、マーはもっと大きな相手との戦いを始めた。
#58当時、中国の個人間ネット取引にはすでに強い会社があった。
#59EachNetだ。
#60そこをeBayが買収した。eBayには資金があり、技術があり、世界で成功してきた仕組みもあった。
#61ただ、この時点でアリババとeBayは真正面から競争していたわけではない。
#62アリババの中心は企業同士を結ぶB2B。eBayとEachNetが強かったのは、個人同士が売買するC2Cだった。
#63今すぐ戦わなくてもよさそうに見える。
#64マーはその先を気にした。
#65今日の個人出品者が、明日は小さな事業者になるかもしれない。eBayが先にその人たちを押さえれば、いずれアリババの市場へ入ってくる可能性がある。
#66なら、来てから戦うのでは遅い。
#67アリババは小さなチームを秘密裏に動かした。その一人が孫彤宇だった。China Pagesのころからマーと行動してきた人物だ。
#68チームが向かった先は、新しい立派なオフィスではなかった。
#691999年にアリババが始まった、あのアパートだった。
#70一度会社を生み出した部屋で、今度はeBayと戦うためのサイトを隠れてつくり始めた。
#71それがタオバオだった。
#72タオバオは出品者から掲載料を取らなかった。
#73eBayが手数料を取るなかで、無料を前面に出した。
#74少し妙な選択にも見える。アリババは少し前まで、無料ユーザーが増えても利益にならないことに苦しんでいたからだ。
#75でも、抱えている問題が違った。
#76アリババには、すでにいる利用者から収益を生む必要があった。 タオバオには、まず市場をつくる必要があった。
#77無料にすると、人は少しずつ集まってきた。
#78そこで次の問題が出てきた。
#79知らない相手を信用できない。
#80一度も会ったことのない人に、先にお金を送れるだろうか。 お金を受け取れるかわからないまま、先に商品を送れるだろうか。
#81タオバオは、取引の前に買い手と売り手が直接話せるようにした。商品の状態を聞き、値段を相談し、相手がどんな人なのか確かめられる。
#82支払いの不安にはAlipayが使われた。
#83買い手が知らない売り手へ直接送金するのではなく、いったん代金を間に預ける。商品を受け取り、問題がないと確認してから売り手へ渡す仕組みだ。
#84タオバオが解こうとしていたのは、単にeBayより安くすることだけではなかった。
#85なぜ、この取引は成立しないのか。
#86その理由を一つずつ取り除いていった。
#87もちろん、eBayも本気だった。
#88中国に大きな資金を投入し、主要なインターネットポータルと広告契約を結んだ。競合の広告を制限する内容を含む契約もあった。
#89人の多い大通りを、eBayが先に押さえていくような状況だった。
#90タオバオは同じ場所で資金勝負をするのではなく、別の場所へ向かった。もっと小さなウェブサイトを使い、テレビにも広告を出した。
#91話してから買いたいなら、会話できるようにする。 送金が怖いなら、Alipayを使う。 大きな広告経路が使いにくいなら、ほかの経路を探す。
#92ただし、「eBayは中国を理解していなかった」の一言で片づけると、少し違う。
#93eBayは中国で強かったEachNetを買って参入している。大きな資金も投入した。現地の人材もいたし、決済の仕組みも整えていった。
#94eBayにあって、タオバオになかったもの。
#95それは、世界ですでに成功している巨大な仕組みだった。
#96大きな武器ではある。でも、中国で状況が変わるたびに素早く形を変えるとなると、その仕組みが制約になることもある。
#97タオバオには守るべき世界標準がほとんどなかった。
#98目の前の問題が変われば、自分たちも変えられた。
#99市場の数字は少しずつ逆転していった。
#1002003年にはeBayとEachNetが中国の個人間ネット取引で大きく先行していた。それが数年後には、タオバオが首位に立つようになる。
#101マーはこの戦いを、海のサメと揚子江のワニにたとえたことがある。
#102海でサメより強くなる必要はない。戦う場所が川なら、川で動きやすいほうに勝機がある。そんな考え方だった。
#103ただ、最後まで「お金のない小さなタオバオ対、巨大なeBay」だったわけではない。
#1042005年、Yahooはアリババに10億ドルを投資した。
#1052003年に戦いが始まったころの資金差が、そのまま最後まで続いたわけではないんだ。
#106それでも、立場が逆転したことは変わらない。
#1072006年、eBayはそれまでと同じ形で中国事業を直接運営するのをやめ、TOM Onlineとの合弁へ移った。
#108戦いが始まったころ、すでに市場を持っていたのはeBayだった。
#109タオバオのほうは、社員が自宅から商品を持ってこなければならないほど何もなかった。
#110数年後、その位置は入れ替わっていた。
#1111995年、ジャック・マーが初めてインターネットを見たとき、頭の中に完成したアリババがあったわけではない。
#112最初に見つけたのは、もっと小さな空白だった。
#113ネットに中国の情報がほとんどない。
#114China Pagesでそこを埋めようとすると、今度は客がインターネットを知らなかった。 アリババをつくると、利用者は集まったのに稼ぎ方がわからなかった。 タオバオをつくると、売り手も買い手も足りなかった。 人が集まると、互いを信用できなかった。 広告を出そうとすると、大きな経路が使いにくかった。
#115一つ埋めると、次の空白が見えてきた。
#116しかも、その空白をマー一人で埋めたわけではない。何一兵がいて、ジョー・ツァイがいて、孫彤宇とタオバオのチームがいた。妻や、以前の事業から一緒に歩いてきた人たちもいた。
#1171995年、ネットに中国が見当たらなかったところから、2003年、商品すら足りなかったタオバオまで。
#118最初から答えを知っていたわけじゃない。
#119足りないものが見えるたび、その次に必要なものをつくっていった。