Disney俳優として活動したのち、自分自身の感情を書く世界的なシンガーソングライターへ成長したアメリカの歌手
世界中に聴かれるようになってから、自分のために歌を書くということ
#1Olivia Rodrigoを最初に知った人の中には、Disneyのドラマに出ていた女の子が、ある日「drivers license」を大ヒットさせて歌手になったと思っている人も多いかもしれない。
#2でも時間を少し巻き戻すと、順番はむしろ逆に見えてくる。
#3Oliviaは4歳くらいの頃から、自分で歌を作っていた。スーパーで両親とはぐれたらどうしよう、なんていう4歳の子にとっては大事件だったことまで、歌にしていたんだ。
#4CaliforniaのTemeculaで育ったOliviaは、歌うことも演じることも好きだった。両親は彼女をLos Angelesのauditionへ何度も連れていったけれど、そのほとんどは落選だった。
#5しかも両親は、娘をどうしてもスターにしたい業界人ではなかった。
#6何度かOliviaに「もうやめてもいい」という選択肢を渡している。「Bizaardvark」が終わったあとにも、普通の学校生活へ戻りたいなら戻っていいと言った。
#7それでも続けることを選んだのはOliviaだった。
#811歳頃に映画へ出演し、その後「Bizaardvark」の主要キャストになったことで、演技は本当の仕事になった。家族も彼女の活動に合わせてLos Angelesへ移った。
#9でも撮影現場の外では、別のこともずっと続いていた。
#10最初はそれほど好きでもなかったピアノを習い、コードを覚えると、それを使って自分の曲を書き始めた。まだ本格的な恋愛経験もないのにbreakup songを書き、自作曲をインターネットにも載せていた。
#11そして「High School Musical: The Musical: The Series」でNiniを演じるようになると、俳優のOliviaとsongwriterのOliviaが初めて人前で重なる瞬間がやってきた。
#12制作側がOlivia自身も曲を書くことを知り、Niniが歌う曲を彼女に書かせてみたんだ。
#13そこで生まれたのが「All I Want」だった。
#14誰かから渡された曲を歌うDisney俳優ではなく、自分が演じている人物の感情を、自分で歌にする。
#15Oliviaがある日突然、安定した俳優の道を捨ててsongwriterになったわけじゃない。
#16むしろsongwritingのほうが、ずっと前からそこにあった。
#17演技が先に仕事になっただけで、曲を書くことはその間もずっと彼女についてきていたんだ。
#18Oliviaがインターネットに載せていたoriginal songは、やがて音楽業界の人にも届き始める。
#19その一人がproducerのDan Nigroだった。
#20NigroのほうからOliviaに連絡し、pandemicで予定が一度止まったあと、二人は一緒に曲を作り始めた。
#212020年、家にいる時間が急に増えたOliviaは、数か月にわたってほとんど毎日のように一曲書くことにも挑戦していた。
#22そんな時期のある日、Oliviaは一人で車を走らせていた。
#23運転免許を取ってまだそれほど経っていなかった。悲しい曲を聴きながら近所を走り、泣いて、家に帰ってピアノの前に座った。
#24そこで書き始めた曲が「drivers license」だった。
#25もちろん、世界が聴くことになる完成音源をOliviaが一人でその場で作ったわけではない。
#26最初の曲をNigroのところへ持っていき、二人で歌詞や構成を調整し、感情が一気に噴き出すbridgeを作り、productionを重ねて完成させていった。
#27周囲の人に聴かせたときの反応も、いつもとは少し違った。
#28ここを直そう、あそこを変えよう、という話よりも、このままでいいんじゃないかという反応が返ってきた。
#292021年1月8日、17歳のOlivia Rodrigoのデビューシングルとして「drivers license」がリリースされた。
#30すると数日後から、数字の動きがおかしくなっていった。
#31最初の一瞬から世界中が殺到したわけじゃない。数日かけて加速していったんだ。
#32Spotifyの再生記録が次々に破られ、TikTokには曲を使った動画が増え続けた。歌詞を読んだファンたちは、これは現実の誰について歌っているのかと推理し始めた。
#33でも、ヒットした理由を一つだけに決めることはできない。
#34OliviaにはすでにDisneyで知ったファンがいた。
#35とても個人的なheartbreakを歌っているのに、聴いた人が自分自身の記憶を重ねられる曲でもあった。
#36social mediaでの拡散があった。
#37Oliviaが長年憧れていたTaylor Swiftのような有名artistも反応した。
#38そして歌詞のモデルをめぐるfan theoryが、曲を一度聴いて終わりにするのではなく、その後も人々に語らせ続けた。
#39ただし、インターネットで語られた恋愛関係の推測は、あくまで推測だった。
#40「drivers license」が巨大になったのは、誰か一人との恋愛話が暴かれたからではない。
#41強い曲、すでに存在していた若いファン層、social media、著名人からの注目、そして歌詞をめぐる謎。その全部が同じタイミングで増幅し合ったんだ。
#42その頃、中心にいるOlivia自身はpandemicのため、ほとんど家にいた。
#43Spotifyを何度も更新して数字が増えていくのを眺めた。昔から憧れていたTaylor Swiftの作品の近くに、自分の曲が並んでいるのを見つけた。そしてTaylor本人からの反応まで届いた。
#44ようやく、自分に起きていることが普通のdebutではないと実感し始めた。
#45「drivers license」はBillboard Hot 100に1位で初登場し、そのまま8週間首位にいた。
#46少し前まで、自分の気持ちを理解するためにピアノへ向かっていた17歳だった。
#47今度は世界中の人たちが、その気持ちがいったい誰に向けられたものなのかまで知りたがっていた。
#48一曲だけでは終わらなかった。
#49「deja vu」が続き、「good 4 u」は再びアメリカで1位になった。
#502021年のデビューアルバム「SOUR」もBillboard 200で1位になり、アルバムの曲が一斉にチャートへ入った。
#51「drivers license」だけが偶然viralになった、という説明はもう通用しなくなっていた。
#5219歳になると、OliviaはGrammy AwardsでBest New Artist、Best Pop Vocal Album、Best Pop Solo Performanceの3部門を受賞した。
#53夢見ていたことの多くが、あまりにも早く現実になってしまった。
#54そして、それが次の問題を作った。
#55「SOUR」以前なら、ピアノの前に座って、自分の心に引っかかっているものを書けばよかった。
#56完成した曲を何百万人が聴くなんて考えなくてよかったから。
#57でも「SOUR」のあとでは、一人でピアノの前に座っても、本当の意味では一人になれなかった。
#58みんなはこの曲を好きになるだろうか。
#59「SOUR」より悪いと言われたら?
#60また歌詞が誰についてのものなのか分析されるんじゃないか。
#61もしかして、自分が書ける一番いい曲はもう全部書いてしまったんじゃないか。
#62結局one-hit wonderだったら?
#63世界中の観客が、頭の中だけでwriting roomに入ってきていた。
#64OliviaはDan Nigroの慣れたgarage studioへ戻った。でも、慣れた場所だからといって簡単に書けるわけじゃなかった。
#65何も書けず、ただ泣いて終わる日もあった。
#66Nigroだって「SOUR」の成功を一緒に経験した人だ。次はどうすればそれを超えられるのかという重圧から完全に自由だったわけじゃない。
#67二人はすでに大成功したアルバムを一枚作っていた。
#68でも、その事実は二枚目の作り方を教えてくれなかった。
#69そんな時期、Oliviaは憧れていたJack Whiteから手紙を受け取った。
#70そこにあった考えの一つが彼女に残った。
#71みんなが聴きたがっている音楽を計算するのではなく、自分がradioから流れてきてほしいと思う音楽を作ること。
#72もちろん、その手紙一通ですべてが解決したわけじゃない。
#73気に入らない曲を書いた日もあった。
#74もう自分には曲が書けないんじゃないかと崩れた日もあった。
#75ある日は、ひどい曲を書いてしまったと思って落ち込み、一度休憩してから戻ってきた。そして同じ日に「get him back!」を書いた。
#76少しずつ、問いが変わっていった。
#77みんなは好きだろうか。
#78ではなく、
#79私はこの曲を聴きたいだろうか。
#80考えてみると、不思議な話だよね。
#81誰も聴いていなかった頃には自由に書けたsongwriterが、みんなに聴かれるようになってから、もう一度誰も聴いていないように書く方法を覚えなければならなかったんだ。
#822023年の二作目「GUTS」には、「SOUR」より荒々しい瞬間がたくさんある。
#83ギターが大きく鳴り、Oliviaは叫ぶ。
#84格好悪い自分や、嫉妬する自分、怒っている自分まで隠さない。
#85だから簡単な説明を作ることもできる。
#86Disney出身のteen breakup singerが、昔のイメージを壊すためにrock starへ変身した、と。
#87でもOliviaが昔から聴いていた音楽をたどると、その説明はあまりしっくりこない。
#88家では1990年代のalternative rockが流れていた。
#89HoleやThe Smashing Pumpkinsのような音楽を聴き、Jack Whiteのようなmusicianに憧れていた。
#90そしてOliviaが以前から強く惹かれていたものの一つがriot grrrlだった。
#91普段の生活では女性が出すと嫌がられるような怒りや不満を、音楽の中では激しく外へ出してしまう。その感覚に惹かれていたんだ。
#92「GUTS」では、それまで持っていたそんな音楽的な好みが、もっとはっきり聞こえるようになった。
#93「all-american bitch」はその象徴みたいな曲だった。
#94優しくいなさい。
#95きれいでいなさい。
#96感謝しなさい。
#97一緒にいて心地よい人でいなさい。
#98何でも上手にやりなさい。
#99でも決して周囲を不快にさせてはいけない。
#100Olivia自身も、そんな完璧な女の子でいたい気持ちを知っていた。
#101でも本物の人間の感情は、そんなにきれいには収まらない。
#102嫉妬もする。
#103腹も立つ。
#104恥ずかしい失敗もする。
#105欲望だってある。
#106自分のほうが悪かった出来事だってある。
#107「SOUR」で一番大きく聞こえていた感情がheartbreakだったとすれば、「GUTS」で変わったのは、歌の中に入れてもいいOliviaの範囲そのものだった。
#108rockやpunkは、古いイメージから逃げるために急に着た衣装じゃない。
#109昔から好きだった音楽が、ようやく外に出せるようになった感情と出会ったんだ。
#110しかもこれは、失敗したキャリアを救うためのrebrandingでもなかった。
#111「GUTS」もBillboard 200で1位になり、「vampire」もBillboard Hot 100で1位になった。
#112最初のtourではtheaterを回っていたOliviaが、「GUTS World Tour」の時代にはarenaを埋め、やがてstadium規模の公演まで行うようになった。
#113外から見れば、キャリアはずっと大きくなり続けていた。
#114Oliviaが取り戻さなければならなかったのは成功じゃない。
#115成功によって狭くなってしまった、自分自身でいられる場所だった。
#116「SOUR」の成功は、Oliviaの中にもう一つ奇妙な式を残した。
#117人生で最も苦しかった時期の一つを書いた曲が、人生で最も大きな成功になった。
#118だったら、どういうことなんだろう。
#119もっと苦しめば、もっといい曲が書けるのか。
#120もっと傷つけば、もっと多くの人が自分の音楽を好きになってくれるのか。
#121Oliviaは後になって、しばらくの間そんな結びつきを自分の中に持ってしまったと話している。
#122でもその考え方には、危険な罠がある。
#123苦痛がいい作品の燃料なら、幸せになることがsongwriterにとって悪いことになってしまう。
#12423歳になったOliviaは、その反対側を試し始めていた。
#1252026年の三作目「you seem pretty sad for a girl so in love」では、love、joy、passionのような感情が以前より前に出てきた。
#126ところがOliviaにとっては、幸せな恋を書くほうがむしろ恥ずかしかった。
#127悲しみや怒りなら、最初からどこか深刻な芸術のように見える。
#128でも誰かを好きで幸せだという気持ちを曲にして、世界中へ聴かせるのは、妙に照れくさい。
#129それでも書いた。
#130恥ずかしくても、自由でいるほうを選んだんだ。
#131もちろん、だからといってsongwritingが簡単になったわけじゃない。
#132三作目のある曲は完成まで1年半以上かかり、アルバムのdeadlineまであとわずかというところでようやく出来上がった。
#133変わったのは、難しさそのものではなかった。
#134「SOUR」をもう一度作るための公式を探すのではなく、曲によって答えは違うのだという状態に耐えられるようになった。
#135そして皮肉なことに、最初の成功を再現しようとすることから離れたあとも、キャリアの規模はさらに大きくなった。
#136三作目まで、アメリカでもイギリスでもすべて1位。
#137アメリカでは初週48万5千equivalent album unitsを記録し、Olivia自身にとって最大のスタートになった。
#138でも2026年のOliviaを一番よく表している出来事は、その数字の先にあった。
#139Oliviaは「GUTS」World Tourの時点ですでにFund 4 Goodを通じて、girls' educationやreproductive rights、gender-based violenceの防止などに取り組む活動を支援していた。
#140そして2026年、もっと大きな場所そのものを作った。
#141Daisy Chain Fieldsだった。
#142festivalを準備するとき、Oliviaが最初に連絡したのはSarah McLachlanだった。
#143偶然じゃない。
#1441990年代、McLachlanはLilith Fairを作り、女性artistたちが大規模なmusic festivalの中心になれることを示した人物だった。
#145OliviaはDaisy Chain Fieldsを考えるとき、その歴史を意識していた。
#146だからMcLachlan本人からblessingをもらうことには大きな意味があった。
#1472026年8月29日、CaliforniaのIrvineで開かれた最初のDaisy Chain Fieldsには、約45,000人が集まった。
#148出演したのはOliviaと同世代の女性starだけじゃない。
#149世代の違うsinger-songwriterやalternative musicianも同じ場所に集まった。
#150その中には、Oliviaが有名になるずっと前から惹かれていたriot-grrrlの歴史につながるBikini Killまでいた。
#151そしてそこは、ただのconcert会場でもなかった。
#152女性のhealth、法的権利、職場での権利などに取り組むnonprofitが、会場で若い観客たちと直接つながった。
#153festivalでは約1,000万ドルが集まった。
#154そこへMelinda French Gatesが同額の1,000万ドルをmatchingし、女性と女の子を支援する団体への総額は2,000万ドルになった。
#155Oliviaが一人で2,000万ドルの小切手を書いたという話ではない。
#156むしろ、そこが重要だった。
#157違う世代のmusician、何万人もの観客、nonprofit、そして大きなdonorまで、同じ仕組みの中へ集められるほどの影響力を持つようになったんだ。
#158子どもの頃のOliviaは、女性songwriterやmusicianの音楽を聴きながら、自分はどんなartistになれるのだろうと想像していた。
#15917歳では、自分の中で起きていることを理解するために曲を書いた。
#160すると突然、世界中がその曲を聴き始めた。
#16119歳になると、世界中が聴いているという事実そのものが、次の曲を書く邪魔になった。
#162だからもう一度、自分自身が聴きたい音楽から始める方法を覚えなければならなかった。
#163そうしてheartbreakだけではなく、怒りも、失敗も、愛も、幸せも、自分の曲の中へ入れられるようになった。
#164そして23歳になると、問いそのものがまた変わった。
#165Olivia Rodrigo自身の声をどれだけ大きく響かせられるか、ではない。
#166その声と一緒に、どれだけ多くの別の声を同じ場所へ連れてこられるのか。
#167そんな問いを持てるところまで来たんだ。
#168でも、songwritingがキャリアの中心になるほど遠ざかっていったように見える子役時代の技術は、本当に消えてしまったのだろうか?
#169Dan Nigroとvocalを録音していて、感情が十分に出ていないとNigroが感じると、彼はときどきスマートフォンを取り出してOliviaを撮り始める。するとOliviaのperformanceが変わるという。
#170カメラが向いた瞬間、子どもの頃から身につけてきたactorとしての本能が再び動き出すからなんだ。
#171Disney俳優とsongwriter。別々の道に見えた二つの経験は、今でもrecording studioの中でひそかに合流している。